失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
夕方回診に来た担当医に
たまらず彼が来てるのか聞いた
担当医は普段通りの顔で
カンファレンスに来ていると答えた
毎日ではないがね…
彼は厚労省のプロジェクトで
各種の薬物の離脱症状の緩和と
対応の臨床をいま組み立て治して
いるところだ
我が国のそういった分野は遅れてる
彼は欧米の成果に詳しいから
抜擢されて私と組んでいるんだ
日本の患者は海外の患者とは違った
固有の状況がある
まずはデータを集めて現状を把握
するところからのスタートだが
彼は同時に新たな投薬プログラムを
新しい入院患者に試し始めている
君はその1号だ
来れない時もデータは彼のPCに
逐一送信しているからね
容態が変わるようだったら
すぐ連絡することになっている
彼は慎重だしアプローチは斬新だ
…まあ実験台だとは君も聞いてるね
滑り出しは今のところ問題ない
多分良いデータが取れると思う
…彼から直接聞きたいかな?
僕は"いいえ"と答えた
彼がとても配慮してくれているのが
良くわかりそれが切なかった
いま彼に会っても言葉がない
彼から皮肉を言われるのが落ちだ
いや…皮肉ならいい
本当のことをストレートに言われて
僕はまた悶え苦しむ
それは彼も同じだろう
今は実験台でいい
彼のプロジェクトの役に立てれば
それで今は良いと
刑事や担当医の話を聞いて思った
今はそれしか出来ない
良い患者としてここにいるしか