失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「右手を動かせるか?」
彼が椅子から立ち上がり
ベッドサイドに立った
左手は点滴が挿してあるので
動かせなかった
右手を掛け布団から出そうとして
僕は鋭い痛みを感じた
「あうっ…!」
「ああ…もういい…動かすな」
彼は掛け布団を少しめくると
僕の右手を下から手のひらで支え
僕が見れる高さまでゆっくり上げた
包帯でミイラみたいになった右手が
僕の前に現れた
手のひらから肘までぐるぐる巻きで
「……なに…これ…」
僕は思わず呟いた
「何針縫ったんだか…」
彼は僕の腕をそっと下ろし
掛け布団をその上に戻した
「…僕がやったの?」
「多分な…誰も見ていないから状況
証拠しかないが」
例のサディストの部下の報復や
口封じの可能性もあるからと
警察は事件性があるかないか
現場検証をしたらしいが
血液型は僕のものしか出なかったし
指紋も僕のだけで争った形跡はなく
今の段階では僕の自傷しかなく
僕の意識の回復を待ってからの
聞き取りを予定しているという
「明け方呼ばれて驚いた…君の容態
はこのところ安定していたし…寝耳
に水とはこのことだ…君が処置を受
けている間にここに来た…殺人現場
みたいだったぞ…床と壁にべったり
血糊が着いて…花瓶が割れて水と花
がばらまかれていて…その水が赤く
血で染まっていて…私にはたまらな
い光景だったがな…君がその壁にも
たれて血まみれの両手から滴る血溜
まりに座り込んでいるのを見られな
かったのはとても残念だったが…」
彼は冗談とも本気ともつかない事を
いつものように淡々と話した