失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「…そんな…だったんだ…」
母が見舞いに持ってきた花と花瓶を
僕はサイドテーブルから落とした
偶然なのかそれとも故意だったのか
「…両手を…両腕も…割れた花瓶の
カケラで切った…のかな…僕が自分
で…」
僕は壁にもたれて座り込んだ記憶の
冷たさとぬるさを思い出した
冷たかったのは花瓶の水
ぬるかった手首は…血液
自分で切り裂いた傷が痛んでいた
そう…だったんだ…
「君は割れた花瓶のガラスの破片を
両手に握って気を失っていた…失血
がひどかった…左手の動脈が傷つい
ていて脈拍にあわせて血が間欠泉の
ように噴き出していたそうだ…」
彼はチラッとこちらを見た
「あれも…自傷だったのか?」
あれ…って
なんだろう
「君に初めて逢ったとき…君は手首
に深い傷があった…私に閉じかけた
傷口をこじ開けられたのを覚えてい
るだろう?…一方君の兄さんには手
のひらに同じような深い傷があった
君を止めたに違いないと私は思った
…君には自傷癖があるのか?」