失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
自傷癖
僕は指摘されて初めて気づいた
今回の記憶はないが
僕はこれで2回目のリストカット
になるんだといえる
でも自殺したいなんて
思ってやったことが
あっただろうか
「なんであの時君は手首を切ったん
だ?…間違えて切ったわけでもある
まい…」
あのとき…僕は
なぜ手首を切ったか
そう…今でもありありと思い出せる
「…聞きたい…の…?」
僕は彼に尋ねた
「あまり…聞かせたく…ない…あな
たが傷つくから…」
「構わない…言うんだ」
彼は命令のように僕を促した
仕方なく僕は話し始めた
「そう…今でもありありと思い出せ
る…あの絶望感…兄貴が僕を…拒絶
した…いや…違う…兄貴はこう言い
たかったんだ…俺に構わずここから
逃げろ…そう…せめてお前だけでも
呪われた廃墟から逃げろ…俺はもう
戻れないからって…『お前はノーマ
ルなんだ…だからまだ引き返せるん
だよ』…兄貴はそう言った…兄貴は
僕が引き返せると思ってた…兄が
"引きずりこんだ"と思っている呪わ
れた…なにも積み上げられない賽の
河原の世界から僕がまだ引き返せる
って…だから兄は僕と別れようとし
た…だからあなたに抱かれ続けたん
だ…罪を罰であがなうような…まる
で磁石が引き合うように僕には見え
てた…でもあなたの存在はあのアパ
ートの二人を見てあとから知ったこ
とだけどね…あの時あなたと兄貴は
引き合ってた…僕なんかよりずっと
…あなたの鞭が兄貴を罰する度に兄
貴は安らかに微笑んでた…僕の存在
は兄貴を苦しめてた」
そこまで聞くと
彼は静かに椅子に座った
そして足を組み目を閉じた
「…なんでもない…続けてくれ」