失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
そのあと彼は
やはり僕の両腕の包帯を取っていた
手首の上から肘の下まで
ガラスの破片で切り裂いた無数の傷
赤黒く変色した血が
陰惨に傷を浮かび上がらせていた
彼はそれに目を細めた
それは痛々しいからか
それとも愉悦からかは
僕にはよくわからなかった
彼はすべての傷口を指でなぞった
縫合した糸が彼の指紋にこすれて
ひきつれるのを感じた
彼はやはりこらえきれずに
いきなり僕に断りもなく
浅くて縫い目のない傷を爪で開いた
僕のうめき声に
ああ…と彼は快楽の吐息をついた
僕はなぜかやめてとは言えなかった
そのかわりに
それ…趣味なの?
と痛みをこらえながら訊いた
不可抗力…と彼は答えた
この糸だって抜きたい
皮膚と糸が摩擦してつれるあの感覚
その糸の穴から血が点々とにじむ
ああ…見たいな
恍惚とした顔で彼は
赤黒く血の固まった糸を爪で弾いた
やめてよっ!
僕もさすがにそれは止めたが
彼は諦めないつもりのようだった
いつかまたな…と
だが実はそんな痛みや彼の指使いに
僕は密かに欲情していた
いや…もうその前から
キスでたまらなかったのだけれど
彼はそれを難なく見破っていて
ゆっくり掛け布団を剥いだ
まるで僕を辱しめるように
嫌がる僕のパジャマを下ろし
身をよじって逃げる僕の腰を
両手で容易く押さえつけ
僕の欲情したそれは露になり
彼の目の前で脈打っていた
羞恥で真っ赤になる僕を
彼は意地悪く視姦していた