失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「そろそろ抜糸だな…傷口がふさが

っているといいが…リハビリが遅れ

ると痛くて厳しいからな」

彼は少し憂鬱な感じで言った


彼の話では薬物中毒患者はふつう

とても傷の治りが悪い

免疫が落ち細胞の再生力も低下して

小さな傷でも塞がらなくなるらしい

僕は栄養状態もかなり悪かったので

特に深く切った左手は厚い包帯で

ミイラのようにぐるぐる巻きに

固定されていた

下手に動かすと傷が開き兼ねないと

普通の外科処置の患者とは違って

左手は指先も動かさないように

スポーツ用の固いサポーターで固定

日常のことは不便でも右手一本で

過ごさなければならなかった



「抜糸に立ち会えないのだけが残念

だ…私が抜きたかったのに」

…ビョーキだ

本物の傷フェチなんだろうなこの人

彼が獲物を狙うオオカミみたいに

僕の包帯の巻かれた腕を見てる

「包帯取らないでよ?」

「包帯取っていいか?」

僕と彼が同時に口を開く

…はぁ

やっぱりそうだったか

「一ヶ所くらい良いだろう…抜いて

も…減るものじゃないし」

「減ります…絶対減る」

「断固反対か」

「反対だよ…油断もスキもないな」

彼は苦笑して言った

「君はいつもスキだらけだよ」

…そのとおり…だけどさ

不意に右手を握られる

「傷が治らないなんて…夢のような

状態なのに…私は君の傷がちゃんと

再生してるか心配になる…ツラいと

ころだな…趣味と実益が解離してる

なんて」

アンニュイにため息をつく彼を見て

僕は認識を修正した

さっきの憂鬱な感じはそれなの?



憂鬱そうな彼は変な葛藤を抱えて

僕の包帯を指先で弄んでいた





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