失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「そういえば…缶コーヒー…飲んだ
ね…車の中で」
唐突に僕はあの最後の日の
最後のドライブを思い出した
「食べ物とか飲み物とか…あの時初
めてもらったような気がする」
彼は苦笑した
「ああ…よく覚えていたな…もっと
美味いものをやれば良かった」
「あれは…なんだかいつもより美味
しかったよ」
僕は手にした缶の温かさを
不意に思い出した
「君に…コーヒーありがとう…って
言われて…なんだか無性に君が愛し
くなってしまった…考えてみれば
あれが一生の不覚と言えるかもな」
彼はまた赤面するような甘い言葉を
シレッと口にした
僕はまた真っ赤になり
急いでカプチーノを口にした
「あちっ!」
「少し冷ませ」
僕が照れて慌てるのを楽しんでいる
全くもって彼らしい
「…まったく…手の掛かる」
彼は少しうつむいてぶつぶつ呟いた
「すみませんねっ」
僕がふくれると
彼はチラッと僕を見て囁いた
「…違う…別件だ…」