失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



景色ってこんなに変わるのか…

夕闇の中に寒気がするほど黒々と

口を開けている鳥居は

バンドのみんなと来たあの夏の日の

鮮やかさと静寂のかけらもなく

まるで魔界への入り口みたいだった

橋の両側には石の燈籠が

等間隔に並び

ボウッと橙色の灯を点していた

まるで僕たちに「おいで…」と

誘うかのように



光があれば

闇がある



神域には光しかない

僕はそう思っていた

しかしそれでは足りなかった

彼の黒髪が闇にとけていく

彼の持つ闇がこの魔界じみた神域と

呼応しているみたいに



斎田弁天の大きな鳥居を

僕たちは闇に飲み込まれるように

潜り抜けた

「お参りしたこと…あるの?」

僕は意味もなく彼に尋ねた

「自分からはない…ただ…」

「ただ…?」

「母に連れられて一度だけ小さい頃

どこかの神社に行った覚えがある」

彼は呟くようにそう答えた

「自分から宮参りなど…初めてだ」

闇の中で黒いスーツから

彼の白い顔が浮かんで見える

足を少し引きずっているのが

砂利を擦る靴の音で分かった





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