失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「片足を無くして…社会的には抹消
され…その上権力の犬に成り下がっ
ても…それでも私は今の人生をあま
り憎んではいないのだ…それが自分
でも不思議だ…あの事故で足と一緒
に私は確かになにかを失った…しか
しそれ以上に喪失したのは…それは
自分の人生に対する憎悪…かも知れ
ない」
彼が僕を見た
その瞳が優しかった
やっぱりあなたは
変わったんだね
それをいま
僕は確信できた
あなたの心の深い悲しみを
もう閉じ込めなくてもいいんだ
僕はまた泣いてしまいそうになった
「ありがとう…ここに連れてきてく
れて…僕にそんな大事なこと話して
くれて」
「バカだな…君に言う以外に誰に話
すんだ?…さあ時間がなくなる…君
の例の仕事をしろ…私だけが操られ
ているなんて気分が悪い…実際どち
らがどう操られてるかなんてわかっ
たもんじゃないがな」
彼は悔しげに負けず口を叩いた
僕は顔を上げ社殿を見つめた
なにかの力でここに押し上げられ
そしてここに立つ
運命のように…
「兄が無事で…すぐに見つかること
を…そして兄の幸せを…僕たちは二
人で神に祈ります…どうか…聞き届
けて下さい」
あの時の僕の相棒みたいに
僕はなぜか声に出して祈っていた
いつの間にか手を合わせていた
彼は手を合わせることはなかった
ただ本殿を見据えたまま
身動ぎもせず無言で向き合っていた
だが彼が心の中で祈ってるのが
なにも言わなくても僕にはわかった