失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
結局彼は僕を犯さずに
仕事場に戻った
彼らしくない
ただあの駐車場に戻り
僕たちは車の中で
長く深いキスをした
それだけでイッてしまいそうな
激しい愛に満ちたキスを
もうここで犯して…と
彼を欲しがってしまいそうな熱さを
埋め込まれて病室に還された
一歩一歩
彼に確実にのめりこんでいく自分が
とても怖くなる
彼の気持ちは本当だ
僕を落としにきてるんだから
僕が落ちるのも当然だ
それがよくわかった反動みたいに
のめりこんでしまう怖さに反して
同時に自分の気持ちが
たとえようもなく不確かに感じる
では…僕は…?
この気持ちはストックホルム症候群
ではない
としたら僕は兄を裏切る
だがこの気持ちがもし
例の症候群という心理的防衛なら
僕は抑圧されている憎悪を
なにかの決定的なフラグで
爆発させるのだろうか
兄と僕に刻まれた消えない傷が
なにかのきっかけで再燃する
その苦しみにのたうちまわり
復讐すら考えるのだろうか
すべての愛情もかき消して