失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



(兄貴の嫁になりたい)

ずいぶん前に自分の言ったことを

洗濯機の水が回るのを見ながら

不意に思い出す



なぜここに兄貴がいないのか

分からなくなる

兄貴の散らかした部屋を片付けるの

僕は好きだったよ



一瞬であの日に戻っていく

ちょうどこんな風な梅雨の晴れ間で

風の匂いも道の湿めり気も似ていて



悲しみが押し寄せてくる

やめてよ

見たくないんだよ

あんな幸せだった日のことなんか




だがふと気づく

久しぶりに思い出した記憶の中で

あの日兄貴はどことなく変だった

何の気なしにきいたことに

意味深な答えを返して…



あれは…なんの話だったんだっけ?

僕は何を尋ねたんだろう?

気まずい空気になった

兄貴が散らかした部屋で

いつものように二人で片付けをして




(…なんでこんなに散らかるの?)

兄は目も合わせず言葉を濁して…

僕は何の気なしに聞く

(秘密?)

兄貴が答える




(秘密…って言えば質問終わる?)




えっ?

それ…なんなの?



掘り起こした記憶は

とても不条理だった





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