失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
いま聞いたら変だって思う
でもあの頃の僕は…
そう兄貴も僕もズタボロの心を
立て直し始めたさ中で
二人は互いに腫れ物に触るみたいに
お互いを気遣っていた
あの話の時の兄はなんていうか
何者も寄せ付けないような怖さを
ほんの一言二言の会話に凝縮して
僕を関わりから一瞬で排除した
そんなことその時まで
一度だってなかったのに
兄のあまりに唐突な全拒否に
危険を感じた僕は記憶ごと封印した
触れてはいけないなにかとして…
もしかして兄は大学院で
なにかあったのかも知れない
研究論文が学生の頃から雑誌に
掲載されたという話は聞いた
その分野で兄は知られていたのか?
兄はほとんど自分の研究のことを
話さなかった
話さなかったというより
話せなかったのだろうか?
あまりに自分が知らなさすぎて驚く
それ以上に兄は話さなかった
その頃から1年以上経ち
兄は不意に姿を消した
だが仕事に就いたとはいえ
兄はその大学に就職したのだ
何かが続いていたとしても
不思議ではない
だが…なにを?