失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
明くる日
父親の車で寮に送ってもらった
リアシートに荷物を積んだあと
トランクの中にギターケースを入れ
助手席に乗り込んだ
久しぶりの親父のタバコの匂いで
なんとなく安心した気分になる
「忘れ物ねぇか?」
「うん…あったら取りに来るし」
「んじゃ…行くか」
「よろしく」
母が家の角まで出て見送ってくれる
「気をつけてね!」
「うん…行ってきます」
何で家に居られないんだろう…
そう思うと苦い気持ちになる
母も僕に家にいてほしい
心配なんだ
もう心配することにも疲れ果ててる
(自宅よりその道のプロに世話して
もらう方が僕は安心だ…僕の症状は
普通の病気じゃないからさ)
と母を納得させるために説明した
母は何か言いたげにしたが
(そうね…あなたの好きにした方が
楽なら…それがいちばんだわね…)
と言って淋しそうに微笑んだ
結局母が彼や警察からどこまで
事件の内容を知らされているのかは
聞けずじまいだったが
僕が男に監禁されて性的な行為を
強要されていたことを説明しないと
事件の全容なんか説明できないはず
母がまた兄と元の夫の現場を
見てしまったようなショックを
再び味わっただろうことは
僕にも容易に想像出来た