失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「僕もトンネルくぐったんだ…」
「マジかよ?」
参ったなというような父
「トンネルを歩いてた…向こう側に
光が見えて……ただの夢かと思った
けど…あとから聞いたらそん時ほん
とに呼吸も心臓も止まりかけてたっ
て…医者が言ってた」
父親は大きく深呼吸をした
「まったく…こっちの心臓が止まり
そうだぜ…初めて聞いたぞ…そんな
話はよ」
交差点で止まった父はタバコを出し
火を点けた
ジッポの蓋がシャキンと鳴り
すぐにオイルの匂いがした
「そのトンネルの出口でね…誰かが
手を振ってたんだ…最初は逆光でさ
よく見えなかったんだけど…近づい
ていったら…その人…兄貴の親父さ
ん…だった」
親父は不機嫌そうに煙を吐き出した
「なんでそいつなんだよ」
親父を取りなすように僕は答えた
「まだこっちに来んのは早いって」
「奴が言ったのか?」
「うん…戻れって言われた…それか
ら肩を押されて真っ暗な空間を落っ
こちてった…それから意識が現実に
戻ってきて…僕は…」
父はタバコを消しながら言った
「確かにな…お前のじいさんばあさ
ん連中は俺んとこも母さんのとこも
みんな生きてるしな…あの世要員は
あいつだけかよ…」
そう言うと父は不意に黙った