失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「アイツから聞いてないの?なんで

愛してもいなかった人と結婚したの

かって!…あいつは親友だった母さ

んの従兄弟を愛してたんだよ!…で

もその人は母さんが好きで結婚した

かったんだ…だけどあいつは嫉妬で

頭がおかしくなって親友と母さんを

騙してその従兄弟の身代わりに血の

つながった母さんに子供を産ませた

んだよ!…それが兄貴なんだ…母さ

んはあいつを愛してたのに…!」



彼は無言で僕を見つめていた

だがしばらくすると彼が

もう僕を見ていないことに気づいた



「だからか…だから君の母親と私は

似ている…のか…」

彼は僕に言うともなしに呟いた

「変だなと思っていた…彼の目線が

私を見ているようで見ていないあの

奇妙な感じ…出逢った時の彼の戸惑

いと極端なまでの執着も…あの乾い

た別れも…」



彼のショックの大きさが

僕にも痛かった

だが一方で何かが溶けるのも感じた

ずっと前から胸にたまっていた澱を

吐き出したような気さえした

彼には申し訳ないけど

僕にはもう耐える気は失せていた

いろんなことに耐える気力が

兄の父親の幻影がちらつくたびに

なし崩しになくなり始めるのを

止めるすべもなく感じていた





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