失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
不完全さ…
致命的だ
「そんな僕は誰からも愛されない」
彼は笑った
「君の憎んでる彼すら…傷つけられ
た人達にまだ愛されてるのにか」
そのとき一瞬思考が空白になった
カウンターパンチのように
なにかの呪縛が
その時ほどけた
彼すら…愛されてる
問題と答えが同じだった?
僕は茫然と彼の顔を見た
「言えるな?」
彼が僕に確かめる
まるでドアの鍵を開けたのを
わかってるみたいに
「…彼から…兄貴を奪いたかったん
だ…兄貴のすべてが欲しくて…でも
子供の僕にはどうしたらいいかわか
らなかった…内緒で父親に抱かれて
帰ってきた日はいつも兄貴は泣いて
…僕にはどうすることも出来なくて
でも父親に抱かれた日の兄貴はいつ
もと違ってて…苦しんでるのはそれ
が嫌だからか…愛してるからか…僕
にはそのどちらにも思えたから…苦
しくて…それが嫉妬だとわからなく
て…それで彼と真逆のことをすれば
彼に勝てる…そう思った…誰も傷つ
けない…そうすれば彼に勝てるんだ
兄貴の心を僕だけに向けてもらえる
って…実の父親に弄ばれて泣いてい
た兄貴を絶対に傷つけない…それが
彼に対するたった一つの僕のやり方
だった…いつこう決めたのか…覚え
てないほど前から…僕は兄貴の父親
とそうやって戦って…だから僕は…
自分が本当はそんな優しい人間じゃ
ないってどこかでわかっていた…だ
から僕は…ウソつきなんだ」