失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



母の声が遠く聞こえていた

少しめまいがした

兄が僕に言わなかったことがあった

それが僕の足元を再び崩してきた



兄が僕を気遣った

と思えればいい

僕に余計な嫉妬をさせないために

敢えて言わなかった

そう思いたい

そうじゃないなら…



少し身体がワナワナしてくる

怒りに似たショック

ディレイで襲ってくる



なんでも兄貴のことなら

知っているはずの僕が

知らないことがある

やっぱりあの男のことで



「…どうしたの?…気分悪い?」

母が心配そうに顔を覗きこむ

「え…あ…なんか…めまいがする」

「あっ…ごめんね…心配かけて…私

の話はあてにならない不確かな話だ

から…あなたにしか話せないから…

とにかく誰かに話したかっただけだ

から…」

「分かるよ…その気持ち…親父には

話せないだろうし」

僕は自分の気持ちになんとか耐えて

ごまかしながら母に受け答えていた

僕の知らない兄の姿がある

すきま風が抜けるような空虚感が

不意に僕を襲った



本当に兄貴は

僕を置いて自分から行ってしまった

のではないかと思えるほどに





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