失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「壊れそうだな…」

彼は静かに言った

心配も楽観もない言葉

「壊れそうな君はいつも真っ白のま

ま墜ちていくのに…今日の君は狂気

に染まって赤く見える」

いつものような抑揚のない声が

耳に突き刺さった

「だが…それでいい…狂っても薄汚

れても堕落しても…生きていてもら

えればいい…私のように狡猾に厚か

ましくな」



いつの間にか高速に乗っている

セダンが一気に加速する



「狂って錯乱した君は…私の嗜虐を

呼び起こすようだな…弱った君を泣

き叫ぶまで責め抜きたくなる」


ゾクッとした

恐れでなく…被虐の快楽に


「また…手錠をかけて…?」

「そうだ…今度は本物の手錠でだ」

思わず息を飲む

彼の闇に溺れていくみたいに

「もう感じているんだろう?…そう

いう時には君の身体からは欲情が漏

れて香ってくるからな…追い詰めら

れた君にはそこしか逃げ場はない」

「そこだけで…いいよ…」

僕にはどうせなにもない

「いま僕を生かしてるのは…あなた

だから…」






< 273 / 514 >

この作品をシェア

pagetop