失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「壊れそうだな…」
彼は静かに言った
心配も楽観もない言葉
「壊れそうな君はいつも真っ白のま
ま墜ちていくのに…今日の君は狂気
に染まって赤く見える」
いつものような抑揚のない声が
耳に突き刺さった
「だが…それでいい…狂っても薄汚
れても堕落しても…生きていてもら
えればいい…私のように狡猾に厚か
ましくな」
いつの間にか高速に乗っている
セダンが一気に加速する
「狂って錯乱した君は…私の嗜虐を
呼び起こすようだな…弱った君を泣
き叫ぶまで責め抜きたくなる」
ゾクッとした
恐れでなく…被虐の快楽に
「また…手錠をかけて…?」
「そうだ…今度は本物の手錠でだ」
思わず息を飲む
彼の闇に溺れていくみたいに
「もう感じているんだろう?…そう
いう時には君の身体からは欲情が漏
れて香ってくるからな…追い詰めら
れた君にはそこしか逃げ場はない」
「そこだけで…いいよ…」
僕にはどうせなにもない
「いま僕を生かしてるのは…あなた
だから…」