失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
部屋に入るとルームフレグランスか
なにかのほのかな香りがした
玄関は掃除され小綺麗にしてあった
男物の黒の革靴が玄関にあった
廊下の先にドアがあった
「上がって…着いてきて」
先に廊下を歩く庶務さんが
玄関にいる僕を呼んだ
「入ります」
居間との境と思われるドアを開け
庶務さんが入っていった
「ご苦労…君は部署に戻りたまえ」
「わかりました…では失礼します」
知らない男の声が聞こえてきて
庶務さんが僕を廊下から部屋に通し
入れ替わりに帰って行った
2DKくらいの間取りなのだろうか
八畳くらいのフローリングの部屋に
簡単な応接セットがあり
奥にはまたドアがあった
その男性はソファーに腰掛けていた
白髪まじりの髪と顔の感じでは
50代くらいの男性だろう
一見穏やかに見えるが
メガネの奥に見える眼は鋭くて
一瞬怖さを感じた
「こんにちは…座りたまえ」
低い声で彼はそう言った
誰かの声に似ていた
「あ…はい…」
その男性と目を合わせないように
僕は彼のはす向かいのソファーに
腰をおろした