失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
呆然とする僕の耳元に唇を寄せて
彼が畳み掛けるように囁く
「愛した君が善…だと思っていた?
…愛ゆえに疑わなかった?…そうい
うことか?」
悪魔みたいに正確な言葉
「兄さんの父親が悪で…善なる君は
悪から兄さんを救おうとしたと?」
呆然と…でも震えながらうなづく
うなづきながらそれがもう
それこそが過ぎ去った言葉だと
わかってしまっている
独りでに両手で頭を抱えていた
僕が兄にとってなんだったのか
気が狂ったみたいに何度も何度も
頭の中で自分に問いただす
どんな意味があったの?
兄貴にとって僕は必要だったの?
違うんだ
僕は僕は僕は
結局兄貴を苦しめたんだろう?
僕が愛したから
兄貴はやめられなかったんだろう?
救おうとして追い詰めたんだろう?
兄貴の罪を深く掘り下げたのは僕?
抜けられないところまで…
兄貴の…罪…?
あの時の神父の言葉がよみがえる
違う…
罪…じゃない…
罪じゃないから
愛したんだ
愛せたんだ
なのに僕は
それでも兄にとって
善か悪か
わから…な…い…