失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「あ…」
不意に足元が崩れるような
浮遊感に襲われた
上っていたまだあるはずの階段が
もう無かったみたいに
「だめ…」
僕は両手を泳がせて彼の肩を掴み
彼に追いすがろうとした
その手を彼は優しくつかんだ
「支配者は…リセットを乞い願うよ
うになる…君が…ごく自然に私を自
発的に愛するようになる奇跡を…ど
こかで待ち望みながらね」
「離さないで…お願いだから…」
彼は目を見開いたように僕を見た
「その言葉を聞くと…震える…支配
というものがこれほど渇くものなの
かと思い知らされる…離さないでも
らいたいのは不安だからか?…それ
とも私を愛しているからか?…いや
もう確かめるすべもないんだ…君自
身だってわからないだろうから…な
ぜなら君は…まだストックホルム症
候群のままだからだ」
彼は微笑んだ
「男同士だからでも兄弟だからでも
ない…物心つかない君の心を支配し
た罪…それに兄さんは戦慄し絶望し
ていた…私が兄さんの部屋に行くと
彼はまるで刑罰を待つ囚人のように
私の責めを受け入れた…激しい責め
に意識が朦朧としてくると君の名を
呼んで…許してくれって…うわごと
みたいに何度も呟いて…そして私に
言う…殺してくれと…」