失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
怖いから…聞きたくない
それは僕にとって
怖い声だったからなんだ
…としか言い様がなかった
でも…どんな?
物心ついた時から僕には
父にも母にもそんな印象がない
母の自殺未遂や離婚のことを
聞いた時もびっくりした
まるで別人の話を聞いてるような
変な感じだったくらい母はふつうの
能天気で心配性の天然の母親で
親父はのんきなヤンキー上がりの
腹の据わった頼れる男だったし
その両親の印象とその怖い声とは
僕の中でつながらなかった
兄貴…の声…?
それなら納得できる
一番追い詰められてたのは
兄だったろうから
でも奇妙なことに僕は
その声が兄からの声とは
どうしても違うように思えて
ならなかった
18年も忘れてたのに
印象が思い出せるのが不思議だった
まるで記憶の底で生きてたみたいに
そしてそれは
僕の予想できる範囲のものでは
ないようだった