失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
(たすけ…て…くれ…やめろ…)
耳を塞いでも全く変わらない音
(やめろ…!)
兄の身体は少しずつ下に降りていく
まるで小さな鬼が
屍肉をなめているみたいに
とうとう兄の頭は父の股間に沈んだ
やめ…て…
ふたりともやめて
発狂しそうな光景
でも声が出ない
そのとき
父がゆっくりとこちらを見た
父と目が合った
虚ろな真っ黒な目が
僕を見てた
絶叫しそうな恐怖が走った
(兄ちゃん…)
僕と目を合わせたまま
父が虚ろに兄に語りかけた
(おまえの弟だ…)
(おとうと…?)
兄がゆっくり振り向く
兄も僕を見た
にっこり笑いながら…
兄が四つん這いのまま
僕に近づいてくる
そのとき僕は自分が
布団に寝かされてることに気づく
兄が僕の顔を見下ろす
(おとうと?)
父のひきつった顔が少しゆるんだ
そして懇願するような目で僕を見た
そのとき僕は理解した
自分がどうしたらいいかってことを
うん…いいよ…
おにいちゃん…ぼくとすればいい…
おとうさん…こまってるから…