失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「もう私に話せるか?」
彼が僕を腕の中に入れたまま訊いた
ベッドの中で何時間こうして
抱きしめてくれているんだろう
彼に守られていなければ
壊れていただろう
僕は誠意を持ってその問いに
答えなければならないと思った
「なんとか…話す」
「無理はするな」
「ありがとう…でもまた…錯乱する
かも…それでも…構わない?」
「ああ…君の錯乱には慣れた」
そう言って彼は笑った
それを見て僕はうなづいた
この人にしかこんな凄惨なこと
打ち明けられない
「わかった……」
話そうとしてもためらいがまだある
僕は大きく息を吸った
「小さい頃の兄貴が…親父を…誘惑
…してた…親父の身体中を愛撫して
…親父の顔がキチガイみたいに引き
つってて…兄貴…笑ってて…そこで
親父の声が聞こえた…頭の中に…た
すけて…って…」
話し始めると
再び悪寒が身体をかすめた
思わず身を固くする
「まだ辛いな…」
そう言って彼はゆっくりと
背中をさすってくれた
「だが…想像はしていた…君の兄さ
んは君の親父さんともそうなっただ
ろう…とな」
「えっ?」
その言葉に僕は思わず息を飲んだ