失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




「なんで…なんでわかるの?」

とても優しく彼は僕に答えた

「愛撫の空白の時間など彼にはあり

得ないから…あの身体は狂ってる…

いや…狂っているなんて生易しいも

んじゃない…君の錯乱など問題にも

ならないくらいにだ…君には痛い話

だが…兄さんの空白を埋めた私には

わかる…愛撫に飢えた彼はほとんど

二重人格に近い…記憶すら不確かに

なる…あの人が自分の息子をどんな

風にここまで狂わせたのか…その様

を想像できてしまうからなおさらだ

…だが彼の本当の不幸は…そのもう

一人の自分を決して許さなかったこ

とだがな」

彼は軽くため息をついた



「多分それは1回だけのことじゃな

い…君の親父さんはヤンキー上がり

だが倫理的にはまっとうな人だ…兄

さんに懇々と諭したに違いない…怒

鳴り付けて叱りもしただろう…だが

兄さんに対してそれは無力だったに

違いない…そしてついに君の親父さ

んは彼に負けた…それから度々親父

さんにとって気の狂いそうな淫靡な

時間が生まれた…君が見たのはその

最後のシーンかも知れない」



そうか…そうだろうな

父もきっと自傷し始める兄を

どうすることも出来なかったんだ

あの時の母さんのように




…そして






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