失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
白い建物が見えてきて
彼の父が“あれだ”と言ったとき
僕は膝の上で指を握りしめた
ついにこの時が来た
滑るようにスロープを降りていく車
平面の駐車場にスッと入る
彼が心配そうに僕をチラッと見た
その目があの人に少し似ていた
「私がいない方がいいかな?」
病院の玄関の前で彼は僕に尋ねた
「いえ…いて下さい…僕…なに言い
出すかわからないし…そしたら止め
て下さい…絶対に止めて下さい…病
室から連れ出していいですから…お
願いします」
「そうか…それでいいなら…うん…
わかった…出来る限りのことはする
…君もがんばれ」
少しだけ気が楽になった
でも憂鬱な気持ちは変わらない
僕がどんなふうになってしまうか
それが怖くて足が震えた
(大丈夫だ…君はひとりで立てる)
不意にあの人の声が頭の中で響いた
そうだった
僕はあなたに言ったよね
あなたが望んでいた言葉
行こう
兄のいる場所へ
彼が先にたって歩き出した
まるであの人が
そばにいるみたいに