失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
壁際にもたれてペットボトルの蓋を
開けて一口飲んだ
それでようやく口がカラカラな
ことに気づく
なぜ僕は今ここにいるんだろう
自分が店の中にいることが
現実と思えない
なぜ僕が立っていられるのかも
不思議でならない
笑えてくる
僕が…被害者…?
頭の中で神父の言葉が
壊れたメリーゴーランドみたいに
回ってる
壊れて…止まらない…
誰か
止めてよ
「くくく…」
口から笑いが洩れてしまう
止めてよ誰かさ
「んっんっんっ…」
口を押さえても笑いが止まらない
ライブが始まる
ドスの効いたドラムがソロで
真っ暗な中でリズムだけを刻む
くぐもった笑い声が僕の耳から
消えていく
ベースがそこにかぶさる
低い単調な音が腹に響く
ゆっくり舞台が赤くなる
ギターとボーカルが上手から
出てくると
ファンの叫び声で会場が騒然と
してきた
全部が雑音
にしか聞こえない
(神父…神父…)
(これが)
(これが祈りの解答なの?)
(笑っちゃうよ…壊れて…)
そのとき
ギターがディストーションを
利かせていきなり爆音を弾いた
瞬間僕はその音にみぞおちを
殴られた
「うっ…」
ひとりでに僕の手は胃をつかみ
身体はエビみたいに
折り曲がっていった
手のペットボトルがボトッと
床に落ちた
倒れ…る…?
「大丈夫?」
耳のそばで声がした
それが"そいつ"だった