失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
そして先生は弟が離岸流に飲まれて
海で亡くなったことを話してくれた
「人の命は…儚い…それでも救える
命がある…それを信じなければ私は
弟の死を昇華出来なかった…だから
医者になった…弟の死を意味のある
ものにしたかった…そうじゃなきゃ
なぜ彼があんなふうに逝ってしまっ
たのか私には納得がいかなかったか
ら…」
血を分けた兄弟を失った悲しみ
それにささえられた言葉
兄の死を待つ今の僕には
それに救われる想いがした
「貴方の言葉は…いまの僕に受け入
れられる数少ない言葉です…それだ
けでも…先生の経験した悲しみは…
僕のとっての救いだと思います」
それを聞いて先生は微笑んだ
「私の弟は突然逝ってしまった…言
いたいことも伝えたいこともあった
はずなのに…でも君のお兄さんはま
だ生きている…それは突然逝かれて
しまう家族とは違う辛さと苦しさだ
ろう…でも人はそれぞれの苦しみの
中で…それぞれになすべきことがあ
ると…私は思う…だからこの時間を
君は…大事にして欲しい」
「ええ…わかります…幸いなことに
兄は僕のことを受け入れてくれるよ
うですから」
「それはよかった…」
先生は安心したように
フッとため息をついた
「彼は孤独だったから…最期に家族
が居てくれて…私も救われる」