失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



30分後僕は違うクラブに居た

暗いフロアにブラックライト

天井まである熱帯魚の大きな水槽が

レンズのように向こう側の客を

変な形に歪ませていた

僕はそいつに抱えられるように

店のカウンターの端に座らされて

そいつの注文するものを

無抵抗に飲み続けていた



「…君が初めてでも俺は初めてじゃ

ないしな」

「え…?」

「だって君はあそこのスタッフだろ

俺はあのハコは良く行くしさ…ほら

たまに見かけてた」

…あ…あぁ

つまり

目をつけられてた

「君ってさぁ…普通の子とちょっと

雰囲気…違うんだよねー」

僕は酔い始めていた

酔ってなかったらこいつは

ただの気持ち悪い…タラシ

いや…酔ってなくても

今日の僕はのヒトの形をした

空っぽの空気人形だから

いいよ

こんな下らないヤツじゃなきゃ

ついて行かないよ

僕を…どうするのか…な



「具合悪いかと思ったよ…口に手を

当てて…なんかこらえてるしさぁ

顔色悪いし…倒れるかと思ったら

本当に倒れそうでさぁ…つい声かけ

ちゃったんだよね」

「すいません…ちょっとショックな

ことあって…」

「なに?ショックって?」

そいつが食いつくのがわかった

「…聞いて…くれますか」

「聞くよ…言ってよ…」

「恋人が…行方不明…なんです」

「えっ…?」

そいつの表情が少し変わった

「もう…半年…警察も…興信所も

見つけられなくて…」

そいつの目が獣みたいに動いた

「…大変だな…淋しいだろ」

「もう…耐えきれない…みたいで」

「当たり前だよ…そんな辛いこと」

カウンターの向こうのバーテンに

何かまた注文した

「これ…君の気持ちが楽になると

いいんだけど?」

何かのカクテルみたいな

味はもうよくわからない

「淋しいならさぁ…遅くまで俺が

付き合うけどな…」

そいつは僕をチラチラ見ながら

同じものを飲んでいた

僕は急に酔いが回った









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