失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「ありがとう…少しでも僕に時間を
くれて…」
「君…」
「やっぱり僕は帰るよ…だから握手
して下さい」
彼は僕を見上げた
そして僕の手をそっと握った
また身体に電気が走るようだった
変わらない…
思わず目を閉じていた
「私は…わからなくなった…」
次第に彼の手に握る力が籠っていく
ハッとして目を開けた
「いったい…どうしたいのか」
「ごめんなさい…混乱させて」
「いや…君のせい…じゃないよ」
そしてまた彼の手から
スッと力が抜けていった
「今日は…私の方こそ…ありがとう
…ほんとだよ」
最後は消え入りそうな声で
彼が言った
特急に乗って座席に着いた
もう夕方の空になっている
窓際の席で景色を眺めていた
虚ろな気持ちは隠せない
でも僕は兄に言ったことに
後悔はしていなかった
列車がトンネルに入る
視界が黒くなって景色が遮られた
少しするとまた夕焼けの空が
唐突に現れた
(私は…わからなくなった…いった
い…どうしたいのか…)
兄の言葉が不意に思い出された
僕も変わりはしないよ
でも今はこうするんだ
トンネルと夕空を繰り返すように
混乱と理解を繰り返して