失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
兄の荷物が父によって運ばれて
実家に戻ってきた
僕と母は捨てる物としまうもの
いま使えるもの…というように
仕分けしながら片付けを始めた
「服…まだ捨てられないな」
母が呟く
もしかして記憶が戻るかも知れない
そして短い間でもまた一緒に
ここで暮らせるかも知れない…
口に出さなくとも母が
そう思っている事は僕にはわかった
母もまた会いに行きたいだろう
今すぐでも会いに行きたいだろう
でも会いに行くには勇気が要る
勇気も忍耐も挫けない心も
彼と僕達家族の気持ちの温度差
それを超えて愛する強い気持ちと
「取っておきなよ…いまは片付ける
だけでいいよ…しまう場所だけ考え
よう…ね?」
「そうね…そうしようね」
厳しい作業だ
淡々とやってるつもりでも
折れそうになる瞬間がある
それでも時間と共に
居間に積まれたダンボールは
次第に数が減っていく
荷物が兄の匂いとともに
この家にしまいこまれていった
まだ…まだ居てよ
匂いだけでも
まだ…さ
夕方も夜になっていく頃
家の電話が鳴った