失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
この期に及んでも兄としての記憶を
僕は封印したい
奇妙で不思議な彼はとても魅力的で
兄の持っていた影や静けさも
僕はとても愛していたけれど
今の兄であって兄じゃない彼の
率直さと自由さが僕を安心させる
麻痺した足も失くした記憶も
痛々しいはずなのに感じさせない
悲壮感がないのだ
昔の兄のほうが痛々しくて壊れてた
本当になにが幸いなのか
遠近感も価値観も崩壊してる
「ごちそうさま…」
「美味しかった」
「え~?コンビニ弁当だよ?」
「誰かとご飯を一緒に食べるのが…
初めてじゃないかな…いつもより美
味しいね…病院の臭いがしないのも
いいな」
それを聞いて切なくなった
それで逆のことを言った
「今日からはケンカしても二人で食
べなきゃなんないんだよ~」
「ケンカか…我々はどんなことでケ
ンカするんだろうね」
「思いやりのすれ違い」
彼がプッと噴いた
「そういうケンカしてたの?」
「そう…いつもだよ」
僕はわざとふくれながら言った
「確かに…この前なりかけた!」
「でしょ…そういうとこ変わんない
ね…全然」
彼はふと目を細めて僕を眺めた
「ん?…どうしたの?」
「私も君のこと…好きだったんじゃ
ないかな」
一瞬心臓が止まるかと思った
なるべく顔色を変えないように
取り繕った
「そ…そうなの?…もっと早く言っ
てくれたら良かったのに…記憶があ
るうちに」
「照れてる?」
そう思っててくれ…!
「うん…幸せ過ぎて…怖くなってく
るよ…マジで…」
過去のことは
やっぱり言っちゃいけないんだ
僕は肝に銘じた