失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
これが彼の願いだった
僕を欲しいと言ってくれた日
彼が言った肉体関係を
僕は出来ないと言った
すると彼は笑って言った
抱き締めるだけだよ…と
実はそれ以上は望んでないんだ
それも無理?
それで色々話し合った結果
僕はそれを承諾した
彼がどれだけそれを望んでいるか
わかってしまったから
実際僕はしたい
したいけど怖くて出来ない
する気はない
だからそれでいい
利害が一致してる
でもこれは綱渡りみたいだ
ハプニングは断固拒否
お互いにしたくならないよう祈る
したら絶対に彼は思い出す
ほんとに神様
兄の記憶を封印していて下さい
お願いだから
緊張しすぎてワナワナしてる
すぐ隣に彼の身体
体温が生々しく伝わってくる
「待ってたよ」
仰向けのまま顔だけこちらを向いて
微笑みながら彼が僕に言う
「はい…腕枕」
彼が右腕を僕の頭の下に入れた
…無意識なんだろうか?
毎夜繰り返してきたこの仕草
記憶はなくても身体が覚えてるんだ
懐かしさと不安が同時に襲ってきた
“彼”が不意に“兄貴”に見えた
あ…
帰ってきたんだ…兄貴
ほんとに
「ううっ…」
どうしようもなく泣けてしまった
彼の肩口に顔をふせて
泣きながら身体にすがりついていた
抱き締めたかったのは
僕だった
彼の腕が静かに僕を包んでいた