失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



早朝目が覚めると

まだベッドの上にいて

となりで彼が眠っていた

抱き締められながら泣いて

その後の記憶がない

泣いたまま眠ったようだった



懐かしい

この感じも兄の体温も

まだ馴染まない部屋の中で

彼の存在が僕を安心させる

ずっとこうやってきた

それは思考とか記憶に頼らない

消えないなにかなんだと

僕はそのとき思った



だが

これももう終わっていく

それなのに

この優しくて透明な時間は

なんなんだろう?

絶望とも違う諦めでもない

この透き通った光の差す

見知らぬ部屋は

まるで時間が流れていない

それはかすかだがまるで

永遠に触れるような静けさ

この中なら

僕はあなたを狂わないで

見送れる

そんな気さえするほど

ここには



影がないんだ…




なにもない
なにもないから
ふたりでいよう
朝の光が差す部屋…




不意に歌が流れた

僕の耳の奥にだけ

聞こえてくる音と詞が

そのときゆっくりと響いた

















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