失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
立冬
そしてゆっくりと
目に見えない季節の変化と一緒に
ゆっくりと彼の命の形も
変わっていった
秋から冬へと移行する季節は
葉が落ち肌寒くなり日が短くなり
それに呼応するように
彼の意識のレベルが落ちていった
長くなった睡眠の間に目を覚まして
彼は不思議そうにつぶやく
「ここは…どこかな…」
僕はそのままを説明する
「病院に入院してるんだよ…」
「…そうか…暗いね…明かりをつけ
て欲しいな」
そう言われると少し心が折れる
もうあまり見えてないのだ
これもだんだんと進行してきていた
「もう夜だから…消灯するんだよ」
まだ夕方でもそう答えてしまう
少し前までは視力が落ちているのを
それなりに理解していた
最近は記憶や認識の低下が大きい
僕のことも認識しているのか
していないのかよくわからない
でも“誰?”とは言われない
彼がいまどんな意識状態なのか
それを知るすべはなかった