失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
僕に気取られないような速度で
兄は向こうに行く準備をしている
密やかに
でも確実に
僕を驚かせることなく
それはいつの間にか暮れた
夕方のようでもあった
そうしている間に
彼はほとんど昏睡状態になっていた
僕はそれを泣くこともなかった
静かな時間と感情が
淡々と過ぎていった
そのころから母は僕と一緒に
彼と住んでいたマンションに
暮らすことになっていた
淡々と過ぎる時間の中に
母も静かに加わった
僕と母で交代で彼を看るようになり
母の作ってくれる手料理を
僕も食べられるようになった
食欲だけが日々なくなっていた時に
母は僕のことも看ていたのだろう
そこに気づいて僕は
本当の母の強さを見た気がした