失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



兄が失踪した

その状況をもう話したくはなかった

だけどヤツをなだめるためには

それを話す以外なかった

苦痛を苦痛で洗って

なんか…意味あるのかな…

目の前にいるから

意味があると

思いたいな…





ヤツは僕のとてもかいつまんだ話を

黙って聞いた

聞くうちに

さっきの勢いがヤツの中で

冷えていくのを感じた

「…家の中…めちゃくちゃなんだ

僕は耐えらんなくなって…今は兄貴

のアパートにいる…ごめん…話した

つもりでいた…」

ヤツはしばらく黙っていたが

僕に目を合わせずに

一言「ごめん」と言った

「いいよ…僕が話さないのが悪い」

コイツに謝られる理由はない

「ここ…しばらく…お前があんまり

連絡くれないから…なんかあったか

とは思ってたけど…まさか…そんな

ことに…」

ヤツは組んでいた足を組み替えて

ため息をついた

「でも…な…オレは話くらいは聞い

てやれるぞ」

ヤツは下を向いて笑った

「そんな程度も役に立たないのか」

友達なのに…

僕の胸が疼いた

無視したのと変わらない

でもどう言っていいのかわからない

兄と僕の関係を話すわけには

いかない

僕の気持ちをさらすことは

出来ない

ヤツには僕がゲイだと告白した

それで精一杯だ




「ウチって…さ…家庭が複雑だから

すんなり事情を説明…しにくいんだ

親から口止めされてることもあるし

だから…頼れなくて…ごめん」

最後は少し嘘をついた

親からじゃない

兄からだ





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