失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




僕は立ち止まった

(あのとき自分はこんな風に

ヤツを追いかけなかった…)

人気のない夕方

路地を蹴るスニーカーの音が響いた

ヤツは息を切らして僕の前に立った

そして僕の目を見ながら

決心したように言った

「オレが抱く…お前をオレが抱くか

ら…だから…もう…あの男のところ

に…行くな」




それはヤツの真剣な

捨て身の取り引きだった

乾いていた涙が

再び溢れてきた

「…ごめん…ごめん…お前に…こん

な無理言わせて」

僕は両手でヤツの肩をつかんだ

ヤツの身体に緊張が走った

ゲイでもバイでもない

ただのノーマルのヤツが

僕を救うために

僕を抱いてくれると言った

見てわかる

抱けるわけないのに

無理して…こんな…

「でも…僕のこと抱けない…お前は

普通だから…」

「そんなことないぞ…オレには不可

能なんて概念はないんだ」

ヤツは意地になって僕の腕を掴んだ

僕はその手をゆっくり外した

「ごめん…友達でいてくれよ…お前

とはそんな風になりたくない…頼む

友情のありがたさと恋人のありがた

さって…全然違う…僕もお前抱けな

いと思うし…でも」

僕は泣きながら笑った

「ありがとう…愛はもらった」

ヤツはがっくり肩を落とし

下を向いた

「ダメ…か」

「ああ…ダメだ」

「じゃあ…どうすればいい?」

「壊れるの…黙って見ていてよ」

ヤツは叫んだ

「そんなことできっかよ!」

僕はどうすることも出来ずに

泣きながら道にしゃがみ込んだ

「わからない…自分でもわからない

んだ…」

ヤツはそんな僕を途方に暮れて

見下ろしていた





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