失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
哀歌
淋しい
淋しい
吐き捨てたいはずの男が恋しい
今まで封印していた兄のいない
心の虚ろな穴に
風が吹き抜けるような
耐えきれない淋しさ
男と会えない日には
兄のアパートの部屋で独り
身体の震えを両手で押さえながら
酒をミネラルウォーターみたいに
喉に流し込む
そのビンを持つ手が震える
食欲が本当になくなりかけていく
すべてがなし崩し
砂の山…みたいに
足を取られたらどんなに踏ん張って
進もうとしても
足元からなすすべなく崩れていく
それをどうすることも出来ない
ただ砂流に押し流されて
埋もれていくだけ
もがけばもがくほど
砂に絡めとられて
引き摺り下ろされていく
もうどうすればいいのか
わからない
苦しさになぶられてなすがまま
蟻地獄みたいに
最後にはあの男に喰われて
…もう…喰われてる
喰われてるんだ
じらさないで
早く全部食べ尽くしてよ
跡形も残らないように
苦しい
苦しいんだ
動悸が激しくて
横になっていることすら苦しい
ひとりでに胸を押さえている
誰か
抱いて
独りに
しないで
張り詰めて自爆しそうな孤独
(お前のせいだ)
神父が現れて僕を責める
(お前が祈り)
違う
(神が応えた)
ちが…う
本当に
ちがう…のか…?
「いや…いやだ…やめて」
僕は神父を黙らせようとした
(君が救われるんだ)
「違うっ!黙れ…」
(罪人は裁かれ業火で焼かれる)
「罪人じゃない!兄貴は天使なんだ
あの悪魔を救いに来たんだ!父親の
顔をした悪魔を!」
(君をいけにえにして悪魔の祭壇に
君という子羊をほふって?)
「やめろーっ!」
僕は神父に酒ビンを投げつけた
神父はフッと消えた
酒ビンが壁に当たって割れた
「どこだ?出てこい!」
僕はよろけながら立ち上がり
消えた神父を追った