失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
母の電話を受け
僕がほとんどパニックになりながら
兄のアパートに駆け込んだ時
母は薄暗い部屋に立ちつくし
その手紙を
震える手で僕に手渡した
いつものように
乱雑な散らかしっぱなしの部屋の
パソコンデスクの上に
その書き置きはあったという
『色々あって、ここには居られない。探さないで欲しい。それがお互いのためだと思う。ごめんなさい。』
パソコンでタイプされた
A4の再生紙
たった
たったそれだけの書き置き
「…ねぇ…お兄ちゃん…こんなに
悩んでたの…?」
母は抑揚のない口調で
呆然としたまま僕に尋ねた
「…ウ…ソだ」
僕はまるで悪い冗談を見せられてる
ような気分だった
「ねぇ…何か…知ってるの?」
母は消え入りそうな声で
僕に再び尋ねた
「こんなの…ウソだ…こんなこと
兄貴が書くわけ…ない」
「じゃあ!どうしてっ?」
母の声が突然高くなった
違う…おかしい
こんなことあるわけ
ないじゃないか
僕も母も混乱していた
それほど今起きていることは
僕たちの理解を超えていた