失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
しばらくして
僕は男にトイレに行きたいと告げた
一人になれるチャンスは今のところ
それしかない
僕は席を立ち個室のドアに向かった
「ちょっと待て」
男が僕に声を掛けた
心臓が急に速く打ち始めた
男はテーブルの上の呼び鈴を押し
黒服を呼んだ
そしてやってきた黒服に言った
「トイレに案内してやれ…逃げない
ように連れて帰ってこい」
まるで
僕の考えを
見通したように
僕は黒服に背後から見張られて
トイレに連れて行かれた
トイレに窓はなかった
ここからは逃げられない
トイレの個室に座り
脱出できる可能性のある場所を
思い付く限り考えた
この後見張りの黒服を巻く
もしくは
この店から出て車に乗るまでの間
僕の判断ではその2つしか
思いつかなかった
…どちらが可能性が高いか?
黒服を巻くことが出来たとして
あの赤い扉にはセキュリティがいる
あの男が連れていない僕を
一人で出してはくれないだろう
見張りの黒服を振り切り
追い付かれないで
あの男にも気づかれず
一人でも外に出られる理由を
考えなければならない
時間が容赦なく過ぎていく
決断しなければならない
僕は黒服に連れ戻された
そして何事もなかったように
個室に入り元の席に着いた
パーキングで男の隙をつく
それに賭けた