失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



そのタバコが燃え尽きた頃

男は黒服を呼んだ

耳元で何かを囁いて

黒服はそれにうなずいた

男が僕に言った

「行くぞ」



とうとう…来た

僕の身体に緊張が走った

アドレナリンが噴出してきて

心臓が早鐘のように打ち始めた

さっきの黒服が個室のドアを開けた

男が先を歩き

僕の後ろに黒服がつく

やはりここにはスキはない

酒の入った男の代わりに

黒服が車を運転していくんだろうか

再び深紅の扉が開く

セキュリティの黒服が頭を下げた

僕の後ろの黒服がさっと前に動き

エレベーターのボタンを押す

エレベーターが降りてくる表示が

イライラするほどゆっくりに感じる

この先

この先に

パーキングで振り切る

来た時の経路をさっきから何度も

記憶をたどり確認していた

そしてベンツの位置と

入り口の位置と



男がどこに乗るのか?

後ろだろう

乗り込むのは

僕の先か

後か…




個室でも頭の中で

何度もケースを変えて

逃走のシュミレーションをした

それぞれのケースで

隙をつくタイミングは違う

そのイメージを頭の中で繰り返した





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