失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
あの書き置きが
兄を《一般家出人》にした
それは決定的な証拠となった
最初に担当官から
状況や動機などをいろいろ訊かれた
家族構成
家出の動機
部屋の様子や持ち物について
特に所持金の有る無し
兄のいつも持っているカバンは
どこにも見当たらなかった
携帯も財布もその中にいつも入れて
出勤していた
当然僕たちはその携帯に何度も
電話した
だが兄の携帯はすでに
充電が切れているのか
『電波の届かない場所にいるか
電源が入っていないため掛かりませ
ん』のメッセージが流れるだけ
だった
「再婚ですね…お母さんは」
「え…ええ」
「家庭内でトラブルはなかったんで
すか?」
母は一瞬凍り付いたような目で
質問した担当官を見つめた
「…うちはとても…仲の良い家族で
す…」
「離婚された時は?息子さんはまだ
小さかったみたいですね」
担当官は届出書類の中の戸籍謄本を
眺めてそう言った
「…は…はい…5歳でした」
「失礼ですが前の旦那さんと息子さ
んは…」
「前の夫は亡くなりました」
母はとても険しい顔になっていた
世間から見れば
"兄の居場所がない家"という風に
思う人もいるだろう
血のつながりのない父と子
血の繋がった親子ですら
殺しあう世の中だから