ラッキービーンズ~ドン底から始まる恋~
『おはよう』


せめてそれくらいは言おうと思った。

大人として、一社会人として。


すぅと小さく息を吸い込んだとき、スッと空気が動いて水嶋が私の横を通り過ぎた。


「え……」


思わず小さく声に出して振り返ったけれど、そこには遠ざかる水嶋の後姿があるだけだった。


何……、今の……。


何、なんて分かりきってる。

無視された、完全に。


なんで……?


ざわざわと不安の木が枝を広げて鬱蒼と葉を茂らせていく。

胸の中が暗く影になる。


だけど私がした行動といえば、外に出かけていくらしい彼を追いかけることなんかじゃなくって、単に閉まりかけたエレベーターを止めて乗り込んだだけだった。
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