一期一会
空に浮かぶ白い雲を見ては、
「あれはゾウさん、鼻が長いお。あれはキリンさん、でも首が短いお」
と、指差しては無邪気に笑っている。
母親は背中の赤ん坊を目の前に抱き寄せ、母乳を飲ませていた。赤ん坊は清潔な白の布切れにくるまれており、一生懸命に母親の乳房を吸っている。赤ん坊の小さな手が布切れから飛び出したので、母親が指を掴ませた。
その姿は後光に溢れ、その顔には慈悲が滲み出ている。聖母と言われた人もまた、こうした顔をしていたのかも知れない。
そういった表情で母親は幸せそうに我が子を見つめている。が、急に母親は心奥から熱いものがこみあげてくるのを感じ、それを必死にこらえ、体を震わせた。
「どうしたんだお?」
母親の様子がおかしいのに気づいたのか、幼子が心配そうに声を掛けた。母親は心配かけまいと笑顔を作り、幼子に顔を向け、声を出そうとする。しかるに先に出たのは声ではなく、涙であった。
母親は或(あ)りし日のことを思い出していたのである。