つむじ風。
皮肉なもんだな…
俺はあの時の勝負には勝ったのに、
結局一番負けたくなかった勝負には、
完全な負け、というわけだ…
隣に座る男は、うつむき加減で口を開いた。
「さっき刑事に話したことは嘘ですよね」
リサの売春斡旋に関して、
「何も知らなかった」と答えると、
彼は「わかってるくせに」とでも言うかのように笑った。
「博子のことですよ」
「……」
「昨日、彼女の事情聴取がありました」
その瞬間、俺の言った通りにおまえはしたのか、不安でたまらなかった。
なんせ、うその下手な女だ。
「彼女はあなたが圭条会の人間であると知らなかった、そう最後まで言い張りました。
警察も舌を巻くほどに」
よくやった…
本当によくやった。
ホッしたのも束の間、
加瀬さんはそんな俺を見て、
確信に満ちた声で言った。
「ですが、僕はそれは嘘だと思っています。悔しいですが、彼女はたった一人で今回の聴取をのりきりました。
期待してたんですよ、
僕を頼ってきてくれるのを…」
彼はそういって自嘲気味に笑う。
「あなたは降りかかる火の粉を自分ひとりで受け止めようとしている。他ならぬ、博子のために」
「馬鹿馬鹿しい」
鼻で笑ってみせたが、加瀬さんは気にも留めない様子で続ける。
「結婚してからの博子は従順そのものでした。
守ってやらなきゃ、そんな女でした。
なのに、数ヶ月で、見違えるほど彼女は強くなった。」
彼の声が震えるのがわかった。
「そうさせたのは新明さん、あなたです」
そして、俺は何も言うべき言葉が見つからなかった。
この人も博子を通して、顔の見えない男、
俺の影に苦しんでいたのだ。
そう確信したから。
俺が嫉妬にもがいていたのと同じように、
この人も眠れぬ日々を過ごしたのではないか。