つむじ風。
逃げ出したかった。

だから俺はこう言った。
吐き捨てるように。

「そんなくだらないことをおっしゃっている暇があったら、早く奥さんのところに帰られたらいかがですか」と。

席を立った俺を、加瀬さんは呼び止める。

「博子は昔こう言われてたそうです。
あなたを見ているときの彼女に、世界中のどんな素敵な男性が愛の告白をしても、ふりむきもしないだろうって」

「……」

「それは今でも変わらない」

「…くだらない、もう失礼しますよ」


加瀬さん、それはあり得ない。

博子は、あんたを愛してる。
あんたに振り向いたんだよ…



歩き始めた俺に、加瀬さんは訊いた。

静かだが、芯の通った声で。


「今でも、博子を愛していますか?」と。


…なっ!?


思わず険しい顔で振り返る。

「答えてもらえませんか」


俺は…


俺は…


目の前の男をまっすぐに見ることができなかった。


冷たい、
頬が痛くなるような冷たい風が
俺たちの間を吹き抜ける。



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