つむじ風。

「……」

俺は引き返すと、
自分が使っていたふとんを
おふくろにそっとかけた。

「…母さん」

何年ぶりだろう、そう呼ぶのは。
照れくさくて、
ここ何年もそう呼んだことがなかった。

「母さん」

うずくまるようにして眠るおふくろに
俺は囁いた。

「長生き、しろよな」と。


俺は足音をたてないように廊下を進み、
つま先が擦り切れたスニーカーを履いた。

まだ暗くて、誰もいない通りを走った。

駅に向かって…
ただ走って、走って…

自分の吐く白い息が
顔にしつこくまとわりついて
前が見えない。

何度も目をこすった。

違う…
息のせいじゃない…

わかっていた。

わかっていたけど、
認めたくなかった。


泣いてた、なんて…



東の空が白み始めた頃、
始発電車が駅に入ってきた。

他の客に顔を見られないように、
俺は上着の襟を立て、うつむく。

小さな町の駅だ。
どこで誰が見ているかわからない。

もう俺は冷静さを取り戻していた。

…二度とここには戻らない。

そう堅く心に誓って、
電車に乗り込んだ。

17になったばかりの秋のことだ。

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