つむじ風。
面倒だと思った俺は、財布を投げた。
「こんだけかよ」
確認したやつが不満げに言う。
「ああ」
「嘘つくなよ」
そいつが俺の胸ぐらをつかんだ。
その瞬間、信州でのあの出来事が脳裏を駆け巡る。
俺は咄嗟にそいつの手をひねりあげていた。
痛がる声に、我に返る。
もうこうなった以上
ボコボコにされちまうな…
そう思ってあきらめた。
一気に取り囲まれる。
やれよ、やってくれ。
もういい、どうなっても…
俺はゆっくり目を閉じた。
「気にいらねぇ」
その場に不釣合いな
落ち着いた声が響いた。
目を開けると、
先ほどまで煙草を吸っていた男が
ゆっくりと向かってくる。
「気にいらねぇ」
彼はもう一度繰り返した。
「なにが、だよ」
目の前には俺より頭一つ分背の低い、その男。
「そのあきらめた態度がだよ」
俺を見上げて言う。
「喧嘩になるかと思って楽しみにしてたのによ。急に大人しくなっちまってさ」
男は俺の胸をドンッと強く押した。
2、3歩、後ろによろめく。