つむじ風。
「バカか、おまえ」
「え?」
「そこまで言ったら、読む気もなくなる」
「なんで?犯人言ってないじゃない」
「だめだ」
「なによ!へんくつ、へそまがり、ひねくれ者!」
「おお、よくそれだけ思いついたな」
「なによ、もう!
でも本当に面白いのに…
私ね、はじまりの部分が好きなのよ。
主人公が、好きな人に告白するシーンから始まるんだけど、すごくさわやかで…
でも真っ直ぐで熱い気持ちもすっと伝わってきて。
だから何回も最初の何ページかだけ読み返すの」
そういうのを期待してんのかよ、って言いたかったけど、
しゃべり続けるおまえを見てると、
ただ本当にそこの場面が好きなだけなんだ、と思えた。
確かその小説の名前が「雪融け」。
今、目の前でおまえはその小説の出だしを読んでいる。
口元を緩めながら…。
俺はそれを見ている。
「何年経って読んでも、やっぱり素敵な描写よね。
心の中をさわやかな風が通り抜けていくみたいな感覚…
こんなシーン、憧れてたの、私…」
そこまで言って、何かに気付いたように
パタンと本を閉じて俺を見た。
「ごめんなさい、昔の話ばっかりして…」
「…いや」
「あ、新明くんも好きな本を見てて。
終わったら呼び出すから、これで」
そう言って、携帯電話をちらつかせた。
「文明の利器、でね」
「ああ」
そう言って笑ったが、
その時の俺の顔は、若干引きつっていたと思う。